フィレンツェ Hotel Villa Carlotta ウフィッツィ宮&美術館

ウフィッツィ宮と言えば、建築としても傑作であり、その内部に収蔵された美術品の価値は計り知れず、フィレンツェの町でも一、二を争う名所のひとつとなっている。
16世紀半ば頃、コジモ1世の命でジョルジオ・ヴァザーリが建物の設計を任じられ、その際、サン・ピエール・スケラッジョ教会など周辺の建築物が解体されてしまった。
当初の建築目的は、司法府など行政機関の13事務所を置くことで、そのためウフィッツィ(伊語で事務所の意)と言う名が付けられた。
完成前にヴァザーリが亡くなったため、その後の作業はブオンタレンティやアルフォンゾ・パリージにより引き継がれている。
1586年、コジモ1世の息子であるフランチェスコ1世の要望により、ブオンタレンティの手でTeatro Mediceo(メディチェオ劇場)が建設された。

フィレンツェがイタリアの首都だった際には、同劇場が上院議場として使用されている。
ウフィッツィ宮の建物施設はU字型の2階建てで、アルノ川に向けて開けた形で建っている。
中庭とアルノ川を見下ろすように据えられた廊下にはアーチ型の窓が6つあり、平行して向かい合う2つの建築部分を結んでいる。
建物の長さ一杯に伸びる中庭には幾本もの柱が立ち並び、それぞれのニッチ内に中世〜19世紀までのフィレンツェ著名人の彫像が置かれている。
1993年、建物内にあったAccademia dei Gergofili(農芸学会)で爆弾テロが発生し、建物一部や多くの貴重な美術品が被害を被った。その後、長期に渡り修復作業が行われ、かつての輝かしい姿が取り戻されている。

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