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ポンテ・ヴェッキオ
フィレンツェを訪れたならば、アルノ川の景観を楽しむのが必至…と言うわけで、早々にポンテ・ヴェッキオへ足が向く。
アルノ川はトスカーナ州の幾多の県をまたぎ、240kmに渡って流れている。また、州最大の川でもある。かつてはフィレンツェの町も定期的にアルノ川氾濫の被害を被り、最近で言えば1966年の大洪水が有名だ。その頃より、新たにダム数カ所が建設され、洪水被害に対し目覚ましい成果を上げている。
ポンテ・ヴェッキオ(伊語で古い橋の意)の原型となったのは、フィレンツェの町の左右岸をつないでいた木製の古橋で、その歴史は古代ローマ時代までさかのぼる。
現在、目にしているポンテ・ヴェッキオは中世期の作で、1333年の大洪水でかつての古橋が流された後に築かれたもの。200年以上もかけて再建が行われ、その大部分を担ったのはフィレンツェ出身の建築家タッデオ・ガッディであった。
ポンテ・ヴェッキオは3つのアーチ上に築かれており、中央アーチが30m、両端のアーチが各27m。
現在、橋上には宝飾店を中心に店々が立ち並び、それがまた特色のひとつとなっている。これらは目新しい情景でもなく、中世より鍛冶職人、肉屋、皮革職人らが店を出し、おもに橋を通過する兵士らを相手に商売をしていた。
1348年にペストが猛威をふるい、人口が激減。その後の14世紀後半、界隈にメディチ家が移り住むようになり、橋上の店ぶれが変わっていった。
15世紀になるとメディチ家の富や影響力により、周囲の状況は根本的に変わっていった。同世紀終盤には、川の汚染の原因となっていた肉屋店舗が立ち退かされ、代わりに宝飾店などが建てられていった。ポンテ・ヴェッキオの店々と、その評判はこうして高まってゆき、同時代の1565年にはメディチ家のコジモ1世の命で、フィレンツェ出身の偉大な建築家ジョルジオ・ヴァザーリにより、かの『ヴァザーリの回廊』が建設された。
アルノ川の上、1kmに渡って走るこの私設回廊は、ピッティ宮とシニョーリア広場をつなぎ、メディチ一族が各邸宅からピッティ宮とヴェッキオ宮の間を自由に行き来できるようになっている。また回廊内には、珠玉のアート・コレクションが収蔵されている。
 
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